Purusha blog

光に還るものたちへ

真の自立とは、なにか?

前回は本当の強さについて。
今回は、真の精神的自立とは何か、
について語ってみようかと思う。

 

みなさんは、「自立」ときいて、
どんな意味を思い浮かべるだろう。
 
 
「自立」の反対は「依存」。
 
 
では、誰にも依存していない状態を
「自立」と言うのだろうか。
誰にも依存せず、一人で生きていける状態を
「自立」と言うのだろうか。
 
「依存」という言葉をひっくり返し、
「自立」の意味を解釈する。
私は、これがまさに「真の自立」の意味を
曲がって解釈してしまう
一つの要因なのではないかと思っている。
 
 
何があってもブレない自分になること。
誰にも頼らず生きていける
強い自分になろうとすること。
 
要は、「自分、一人で大丈夫。
一人で生きていけます」という状態。
 
これは、真の自立ではない。
真の自立とは、
「私はあなた方がいなくても幸せです」
と強がることではないのだ。
 
 
「自立するということは、
自分一人では生きていけないことを
自覚することなんです。
自立するということは、
他の人の一切の世話にならず、
自分でやっていくということではないんです。
それは、自立ではなくて、おごりです。
それは、自立ではなくて、うぬぼれです。」
 
大愚和尚さんの言葉です。
 
 
人間、一人じゃ生きていけない。
命は影響し合っています。
どれだけ上手に
コントロールしようとしても、感情は動く。
ブレたくなくても、心はブレてしまう。
一人で生きていけると豪語しても、
寂しくなってしまいます。
 
 
そんな自分を、受け入れてしまえばいいんです。
自分の弱さを、自分の本当の望みを、
受け入れてしまえばいい。
 
 
自分の弱さを受け入れた先に、
在りたい自分の姿があります。
自分の本当の望みを受け入れた先に、
その道が広がっていることに気づきます。
 
 
どこまでいっても、
人生は『自分がどうしたいのか』。
どこまでいっても、主語は自分。
 
 
日々の選択を、自分がどうしたいのかで選ぶこと。
 
自分の望みを素直に受け入れ、
その道を選択することが
真の自立なのではないかと思う。
 
大きな節目でもなんでもなく、
日々の小さな選択でいい。
その望みが一見ネガティブに思えるものでもいい。
行動として、選択を実行できていなくてもいい。
「そうしたい」と思う自分を
素直に受け入れてあげれば十分だ。
そうするだけで、人生ってやつは変わっていく。
 
小さなことでも自分の望みに気づくこと、
そんな自分を受け入れること、
その道の選択をゆるすこと。
 
 
それが、真の精神的自立の姿だと私は思います。
 
 
 
 
 
 
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